Little AngelPretty devil 
      〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

     “晩夏のしっぽ”
 



あの苛酷なまでの暑さはどこへやら、
日を追うごとに、京の都でも朝晩はすっかりと涼しさを増し、
昼の間も雨が降ってもさほどには蒸すこともなくなり、
秋の訪のいを感じられるほどの爽やかな気候となって来た。
草むらで鳴く虫の声も聞こえるし、
あちこちから様々な収穫の便りも届くものの、
とはいえ、まだまだ山々は緑の勢力のほうが強く。
里山の林から分け入った先、
下生えの雑草も低木の茂みも密生している中で、

 「……。」

草いきれを染ませた風に ふと意識を止めた人影が、
次の瞬間、勢いよく地を蹴って前方へと駆け出した。
すると、

  ―― ざ、ざざざっ、と

その足音にか それとも気配にか、
追われたかのように飛び出した何かがあって。
夏の余波 色濃い草むらの中に飛び込むと、
あっと言う間に姿を紛れさせてしまったものの、

 「それで誤魔化せたと思うなよ。」

震える薮もない中に、微かな草鳴りの音がしはするものの、
木立の中を通り抜けてく風の音との違いも曖昧。
だというに、
そんなものでは誑(たばか)られないと言いたいか。
肉薄な口許を不敵に吊り上げ、強かな笑いようをしたそのまま、
狩衣の前たてのところの隙間から、
ついと掴み出したは何枚かの白い弊紙。
それを自分の額へかざすと、まぶたを伏せて何かしら唱えること、
早口の“だるまさんが転んだ”三回分ほど。
ぱちりと眸を開くやいなや、
パチパチという乾いた音とともに
周囲の薄暗さを灯すほどの小さな稲妻さえ帯びさせる、
強い念を封じ込めた弊紙を振り上げる。
しかも、

 「葉柱っ!」
 「おうさっ!」

掛けられた声へと応じた、頼もしいお声は確かにあったが、
あの、雄々しき侍従殿の姿はないままで。
他には人影もない、楢やクヌギの生い茂る林の中。
木々の狭間から射し入る斜光を浴びて、
狩衣の袖や裾をひらめかせつつ
高々と伸び上がった人影が、鋭い一閃で弊を撃つ。
薄紙に過ぎない弊が、刃の如き重さもて、
宙を翔って飛び込んだのは、
木葉擦れの音さえしなかった熊笹の茂みで。
見当外れだったかと思いきや、

  ―― きしゃあっっ!

耳障りな擦過音をまとった、獣の威嚇のような声が立つ。
それと同時、茂みがばさばさ激しく震え、
そこから飛び出した塊へ、

 「因果封滅っ。」

とどめの封咒をと、
白い額に立ててた指先に再び念を込めてから、
必死で逃げんとする何物か目がけ、
ぶんっと思い切り振り抜かれた腕の先から、
細いが鋭い矢のような雷閃光が飛んで。
間合いから抜け出そうとした、
小ぶりの影へ目がけて飛び掛かり、

  ―― ぎゃんっ!

何か小さめの獣が射止められでもしたような、
そんな悲鳴じみた声がしたものの。
斜光の中に跳ね上がって姿があらわになったのは、
むしろ蟲の変じたもののよう。
エビのようなおけらのような、
黒っぽい節足虫もどきが、
弊札をその身に絡み付けてもがいていたのも一時のこと。
大きくひくりと震えると、しゅうっと白い煙を放ち、
そのまま弊札へ吸い込まれてしまう。

 「よっし、これであと一匹だ。」

やれやれという声を放った彼は、
その場へ降り立ち、
そこまで自分を抱えていた相棒を振り向く。
手馴れた様子で抱え上げ、
そのまま俊敏に、
危なげなくも駆け回る呼吸はなかなかのものだったが、
それでも何ごとか不満でもあるものか、
自分の倍は背丈のある長身の相手を見上げ、

 「もっと間際まで寄れって言ってるだろうがよ。」

それでなくとも腕力にも不安があってのこと、
小さな身で小太刀を振るうのは危ないからと、
こういう形で追い込むよう言い出したのは彼のほうだろうに、

 「届かねぇんじゃ意味が無いだろうがよ。」
 「そうは言うがよ。」

憤懣を示す声へ応じたは、
先程もおうさと呼吸を合わせていた、蜥蜴の総帥殿で。
懐ろ抱きから、最後の一閃の折は肩の上へまで
高々抱え上げてやった相手を見下ろすと、
そうまで小さい身である自覚はあるのかと、
彼の側からこそ、説き伏せるようなお顔になっており。
とはいえ、

 「うっせぇなっ、
  見た目に謀られてんじゃねぇっつっただろうが。」

誰のことを言っているやら、
その張本人様であるものが憤怒の声を上げていて。
四肢もその身もお子様の身丈となってはいるが、
少こぉし高いめの声音の調子は、
正しく陰陽の術師殿のそれであり。
但し、その見た目は
書生の瀬那くんよりも下手すると十近くは年少さんの姿へと
大きく変わり果てていたものだから。

 「そんな小っこい身で、
  邪妖の鎌に刻まれたらどうすんだっ!」
 「アホかっ! 咒力は落ちとらんと言うただろうがっ!」
 「それでもっ、こ、こんな小っこい手しててお前…。」
 「だ〜っ、涙目になんな、鬱陶しいっ

オロオロしかかる大男へと、小さな手をぶんぶんと振って見せ、
寄ってきたところの向こう脛を蹴る癇癪ぶりは、
確かにあの短気な術師の青年そのままだったが。
今言ったそのとおり、
邪妖を見事、弊のみで封じた手腕にも衰えはなかったものの。
お怒りのお声もずんと幼く、
子供用だろう水干姿であるのが、
違和感どころか相応しすぎる愛らしさ。
一体何があったやら、
京の都で、いやさ、日之本で随一の実力誇る陰陽師が、
年端も行かぬ和子の姿へと成り果てていたのだった。





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  *詳細は検索、じゃなくって続きにて


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